ツイッターの異常使いを止めて本当によかった、たった一つの理由。

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SNSの代表格である「ツイッター」ですが、僕は2015年ころから使いだしました。

使いだした当時は中国に住んでいたので、ツイッター使用に制限がかかっていたこともあり、あまり頻繁にツイッターを使うことはありませんでした。

日本に帰国して暫くしてから、ツイッターを使う時間が徐々に増えてきて、最近は一日に4時間以上ツイッターを見ていることも多くなりました。

ちなみに、この記事を書いている時点で、ツイッターの使用時間は、一日10分以下になります。その理由は、自分で使用を制限したこともありますが、ブラウザとスマホでの使用を10分以下に制限したからです。

物理的にツイッターの使用を制限することで、ツイッターを生活のなかで意識しないようにする状態にもっていきました。

結果、ツイッターの使用制限をして、ぼくは本当に良かったと思っています。

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ツイッターを止めたら、世間や人の言っていることと比較しなくなった

ツイッターを止めて本当に良かったと思う最大の理由ですが、他人と比較しなくなったことです

ツイッターは次から次へと情報が入ってきますが、つぶやかれている中には、自己承認のかたまりのような発言も多いです。

正直、そんな発言ばかりのツイッターは面白くないと思っていましたが、それでも人間は情報に触れ続けていると、どんどん気になりだして、自分の状況と比較しだしたりします。

自分の人生にまったく関係ないのに、心の安定に良くない発言を見てしまったせいで、気分がすぐれないということも多くありました。

そんなことに時間を使っているのが無駄だと思ったこともあり、ツイッターからきっぱり離れることにしました。それが、冒頭に話をした使用制限です。

ツイッターから離れても、世界はふつうに動きます。そして、自分の人生にまったく影響もありません。なかには素晴らしい発言や、偶然の出会いもありますが、ぼくが考えるツイッターはネガティブな要素が非常に大きくなっていました。

だから、現時点でツイッターに積極的にかかわることがなくなってから、他人と比較することがなくなり、時間も増えるといったメリットを享受できています。

人生は短い。だから、ツイッターは発信メインにするべき

人生は短いです。

人生はマラソンのように長距離ではなく、短距離です。年齢を重ねれば重ねるほど、その思いは強くなります。

だから、ツイッターなど他人のことに時間を取られるツールからは身を離し、あくまでも自分の発信専用で使うべきだと思います。発信は自分主体で行う行為ですし、偶然の出会いであるセレンディピティが起こる可能性もあります。(何もしなくて待ちだったら、ほんとに出会いは訪れないです)

僕はツイッターを発信メインにして、受け身な使いかたから180度転換しました。

「心は触れるものによって変わる」

この言葉を信じた場合、もっと触れるべき情報があると考えています。

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