【書評レビュー】『「特攻」と日本人』は国家と戦争の不条理を美談とした状況を分析した一冊!

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書評

毎年8月15日は、日本が太平洋戦争や日中戦争をはじめとする戦争に負けたことを、昭和天皇が国民に知らせた日で、いわゆる、終戦記念日とされています。

戦争の降伏に調印したのは1945年9月2日であり、この日が世界的には日本と連合国が戦った戦争の終戦日です。

それはさておき、日本の戦況が敗戦が確実になっていた1944年10月に、世界に類を見ないパイロット自ら敵艦隊に体当たりさせる神風特別攻撃隊が出撃しています。

「特攻」と日本人 (講談社現代新書)」では、特攻隊を悲劇のストーリーとして美談で語ることなく、あの時代の不条理の中で特攻隊がどのように創設され、そしてその不条理に翻弄されて生涯を閉じざるを得なかった若いパイロットたちの状況を描いています。

終戦から75年がたち、戦争経験者が鬼籍に入られるなかで、当時の戦争は完全に歴史になろうとしています。

日本人として歴史に向き合うためにも、是非、手に取ってほしい著書です。

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特攻隊として生還する見込みがない作戦に従事したのは、ほとんどが20代の若者で、本来であれば、日本の将来を中枢から支えていく大学生も数多く含まれていました。

歴史の中の出来事になっている特攻隊は、特攻していったパイロットの遺書を通じて彼らの心情に触れることができます。

「特攻」と日本人 (講談社現代新書)」は、特攻隊員として生涯を閉じたパイロットの遺書、そして当時の日本軍の状況を絡めて、特攻隊創設から意義までを分析しようと試みた著書になります。

「ああいう愚かな作戦をなぜ考え出したか、私は今もそれを考えている。特攻作戦をエモーショナルに語ってはいけない。人間統帥、命令権威、人間集団の組織のこと、理性的につめて考えなければならない。あの愚かな作戦と、しかしあの作戦によって死んだパイロットとはまったく次元がちがうことも理解しなければならない。」

著者がこの本を書くときに持っていた心構えを著書から引用しています。感情に流されることなく、当時の日本が犯した失態を真正面から切り込んでいます。そうした姿勢に、異を唱える読者もいると思います。

そのため、読む側もある程度は客観的な視点をもって、本を読み進めることをお勧めします。

著者 保坂正康さん 経歴

保坂正康さんは、1939年に北海道で生まれ、1945年の終戦時は北海道札幌で迎えています。

同志社大学卒業後は、電通PRセンターや朝日ソノラマで勤務した後、1979年に作家として独立しています。

「特攻」と日本人 (講談社現代新書)」でも保坂さんが触れていますが、ずっと特攻隊に関して特別な想いをもっており、特攻隊の遺書を読むと涙が止まらないといっていました。

遺書以外にも特攻隊に所属していた方々とも直接取材をしており、並々ならぬ覚悟をもってこの著書を書いたことがわかります。

「特攻」と日本人 (講談社現代新書)は228ページになりますが、全部で5つの章で構成されています。

一章 英霊論と犬死に論を超えて
二章 なぜ彼らは死を受け入れたか
三章 もうひとつの「きけわだつみのこえ」
四章 体当たり攻撃への軌跡と責任
五章 みえざる陥穽、ナショナリズム

感想 国家と戦争の不条理のなかで散っていた若者たち

正直、私はこの本を読むまでは神風特別攻撃隊の存在は知っていたが、創設経緯から関係者の心情まで理解しているとは言えませんでした。

8月15日の終戦記念日という、日本人として過去に起こった悲惨な戦争に向き合う機会が毎年あります。

今年は太平洋戦争の開戦から敗戦濃厚な応対に陥っても、なお、一貫して戦争を終結させる戦略を持たなかった日本が生み出した特攻隊について、自分が納得いくまで調べてみたいと思ったのがきっかけでした。

「はっきり言うが俺は好きで死ぬんじゃない。何の心に残る所なく死ぬんじゃない。国の前途が心配でたまらない。俺の抱いている爆弾は君等を守る爆弾だ。そんな俺が実行しなくて誰がする。」 大塚晨夫

「本当にこれに乗って敵にぶつかり、身を粉々にしてしまう覚悟があるか、突入の最後のときに精神状態は大丈夫か、といった悩みとの戦いであった。人生を賭けうるかという問いが常にあった。」 神津直次

若くして特攻という生還できない作戦に身を投じるしかなかったパイロットの遺書は、当時の不条理のなかで抱えていた葛藤や精神状況に触れることができます。

その精神状況は、「平和」のなかで生活している現代の日本人には理解することができないかもしれない。ただ、遺書だけではなく、当時の日本が置かれていた異常な雰囲気まで含めて考えることで、彼らが考えていたことが見えてくるのではと思います。

著書を読んでみて自分なりの答えはまだ出ていないが、引き続き向き合っていきたいテーマとなりました。

月並みですが、自分の人生を精一杯生きていくことが、先人への供養になるのかと思いました。

私はなぜ死ななければならないのか、それがよくわからない、しかし最後の境地は「そんなこと総てが頭のなかから消えてしまいました」といい、「考える必要がなくなったのです」というものである。自分の行おうとしていることは、「仕事」なのだと割り切るようにした、生を楽しみポッとこの世から消えていくと悟ったと書くのである。

書評
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